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救護所の片づけを終えて、私は久しぶりにノートパソコンを手に取った。
音も無く開き、いつもの様に起動――わずか半日ぶりだというのに、酷く懐かしく思えた。
この休憩時間が終われば、またもう少し後片付けをして、それから帰途に着く。いつもの日常に帰る為に……。
(……でも、もういつもの日常じゃない。)
不意に、ブログを書く手が止まる。
そう、もう此処に来る前の日常には戻れない。仇敵を逃して泣いていた人もいる。身体は無事でも内心に負った傷が癒えない人もいる。そしてもう二度と、帰らない人もいる……。
待っているのは、少なからず昨日までとは違う日常だということに気づいて、急に恐ろしくなった。
――友達は、義兄は、どうなってしまうのだろう……?
思考の淵に沈んで目を閉ざせば、いくつもの映像が流れる。放課後の談笑、手紙を書く時間、穏やかな友人の声、温かな義兄の微笑。
「お兄ちゃん……救護所、来なかったな。」
ぽつりと、呟きがもれる。
救護所に搬送されてこないということは、重傷を負っていないはずで、本来なら喜ばしいことのはずで。
それでも、いくら理詰めで考えようにも、募った不安は勢力を落とすことなくまだ膨れ上がってくる。
「ねぇ、お兄ちゃん……今何処にいるの? 本当に元気、ね……?」
ふと頬を何かが伝う感触。
その感覚で我に返り手をやって、初めて気がついた――泣いていることに。
声に出したことで、それまでいろいろなものを塞き止めていたものが壊れたのか。伝う雫はあとからあとから絶え間なく流れてくる。
(………淋しい、よ……。)
暫くの間、タオルで顔を隠してじっとしていることにした。こんな表情を他人に、少なくとも義兄にだけは、見られたくなかった。彼の前ではいつも笑って明るくいたかった。
「泰葉さーん!ごめーん、ちょっといいー!?」
「……あ、は、はいーっ!!いまいきまーす!」
救護所から呼び声がかかって、反射的に顔を上げた。この時間なら、新たな重傷者の搬入はないはず。それでも、一瞬どきりと鼓動が跳ねた。
(……大丈夫、落ち着こう。うん、大丈夫だから……。)
タオルでばしばしと涙を拭って、数度深呼吸をした。なんとか泣き止むことに成功。それからノートパソコンの電源を落としながら、両手で頬を叩く。
穏やかで、温かくて、頼りがいのある義兄の前では、いつも笑顔でいたいと思う。そうしていれば、一緒に笑っていてくれるから。
そうしていなければ……大好きな義兄が、ふとした拍子に、その背後にある大きな闇に飲まれてしまうのではないかと、怖かったから。だから笑っていたい、ずっとそう思っていた。
(でも、違う。それだけじゃないんだよ。)
決戦を終えて、耐え難い不安と寂寥感に苛まれた今なら判る。
私は、ただ義兄の朗らかな笑みと声が好きなのだ。だからいつも笑っていて欲しいから、私も笑うのだ。
「泰葉さーん!」
「うえっ!?ははは、はいっ!今行きますっ!!」
再度名前を呼ばれて、私は慌しくノートパソコンをしまうとその声のほうへ駆け出した。いつの間にか、また私は笑えていた。
そして駆けつけた先で手渡された一通の手紙、その差出人は――。
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